民事信託(家族信託)は比較的新しい制度です。はじめて日本公証人連合会が民事信託の公正証書作成の統計をとったのが2018年。このときは2,233件でした。2019年には2,974年に増加しています。
経済紙などでの露出からか終活中の方だけでなく、一般社会に定着しつつある民事信託。しかしながらその複雑さから民事信託を使いこなせていない・・それどころか民事信託に振り回されてしまっているケースも多く見られます。
このページではどのように考えれば民事信託(家族信託)を上手に活用できるか。民事信託との向き合い方についてお話しします。
このページの目次
信託はまずこれを知ってから検討!最大の注意点
民事信託(家族信託)は終活市場の中では一種の「ブーム」になりました。確かに信託は法律上の制約を合法的に解決することもできれば、誰かの生活を安定的に支えるシステムも作れる。非常に自由度が高い方法です。
だからこそ、まず抑えていただきたい最大の注意点があります。それはベネフィットとメリットの順番を間違えないこと。まずはこういう状態を作りたい(ベネフィット)があってそれを達成するために信託の長所(メリット)を活用します。
終活や信託がブームになったせいで、「とにかく信託を使いたい」と思って信託ありきで終活を構成してしまうケースが非常に多いです。これだと信託に無理やりあなたの目標を落とし込んでいるので、実は遺言や任意後見を利用した方が良かったということになりかねません。
民事信託(家族信託)はその自由さの高さから、ケースによっては遺言や任意後見と似たような効果を発揮できます。ということは、裏を返せば本当は遺言や任意後見の方が向いていたのに、遠回りの手段である信託で間に合わせてしまうリスクがあるということです。
このように民事信託(家族信託)の自由度の高さは、メリットであると同時にデメリットになってしまうリスクもあるのです。
民事信託(家族信託)はどういうものか?
民事信託(家族信託)の仕組みはどういうものか?ネットなどで調べても良く分からないという方も多いと思います。ここでは思い切って単純化してお話ししましょう。
信託とは「誰か」に「財産の管理や運用」を任せる制度です。例えば「子ども」に「自宅マンションの管理」を任せる。ここで注目して欲しいのは「自宅マンションの管理」の方です。
「管理」とはなにか?実はこの管理の「中身」を自由に決められるのです。この自由に決められるということが民事信託(家族信託)の最大の特徴であり、活かすべきメリットです。運用の中身になにを放り込んでもいいのですが、ここでは「マンション管理費などの諸費用の支払い」「売却するかどうかの判断権限」「売却するときの事務手続き全般」を入れておきましょう。
これで任された人は「もう売却した方がいいな」と考えたら自分の判断で売却できます。この何がメリットなのか?「任せた人」つまりマンションの所有者(委託者)たる本人が認知症などになってもスムーズにマンションが売却できます。
本人が認知症になってしまったら財産を売却できないのが原則です。なぜなら、本人が物事をまともに判断できる状態でないから。しかしながら信託を活用して任せることによってスムーズに売却できる。
このように、誰かに財産管理を任せ、そして「任せ方」を工夫することによって様々な課題に対処したり誰かに定期的にお金を分配したりするシステムを作ることができる。これが信託です。こう説明すると万能の仕組みのようですが注意点もあります。
1つは「身上監護」には馴染まないということ。信託は基本的に特定の財産に焦点をあて、その管理や運用を任せます。対象の財産は預貯金、不動産、投資信託などどんなものでもいいのですが、「財産っぽくない話」では信託は向いていません。
例えば、介護施設の契約。これは財産管理ではなくて生活拠点の移動であり、信託ではなく任意後見の方が向いています。介護が必要になったときの身の回りのお世話をしたいなら信託ではなく任意後見を使う。こういう「何をやりたいか」を考えて「それに合う制度」を使うのが大事です。
そしてもう1つ大きな注意点があります。それは「認知症になった後ではもう新たに信託をはじめることはできない」ということです。なぜなら、信託は契約だからです。認知症が進んで自分で物事を決められない状態では、契約はできません。このことから、終活する時期と信託を考える適切なタイミングはちょうど合致しやすいのです。
まずはあなたがどういう状態を作りたいのか、目標達成のために信託はあっているのか考えてみませんか?
信託の活用事例とメリット
民事信託の活用が活かされる場面とメリットをもう少し詳しくご紹介します。ここであげるのはほんの一例です。ひょっとすると、あなたにも信託を活かせるかも知れません。
1棟アパートなど投資不動産への活用
1棟アパートを数人で相続するケース。まずは、不動産を数人で共有相続するのはなるべく避けましょう。
ですが、共有が避けられない状況も現実としてたくさんあります。そういう時、信託は向いています。活用しましょう。アパートなどの収益不動産の共有する時の注意点は大きく2つです。
1つは家賃の分配。それぞれが対象投資アパートに保有する持分に応じて家賃を受け取るため、分配の事務手続きが必要です。もう1つは経営権限の集中。投資アパートの運営は経営です。前の人が出ていったら、クリーニングするだけでまた次の人に貸すのかリフォームをしてからのが良いのか判断しなければなりません。
建物全体の修繕や設備投資の課題も生じます。こういう時に、判断する人の権限が一人に集中していた方がスピーディーには進めます。
そこで、例えば高齢の兄弟2人で投資アパートを共有していた場合。どちらかの子どもに信託を活用して管理・運営を任せるのは有効です。得られるメリットは、年齢的にも若い行動力のある世代が管理・運営をスピーディーにできる点。上の世代の負担軽減もメリットです。
このように下の世代の力を借りて、財産の管理だけでなく価値を大きくなることにも活かせるのが信託の特徴です。
自分が亡くなってからずっと先の財産の帰属先を指定できる。
民事信託(家族信託)の最大のメリット、自由度の高さを活かすケースです。信託の状態もいつか終わりがきます。
では終わった後の財産の行方はどうなるのでしょうか。民事信託には不動産など、管理対象となる財産が必ずあります。実はこの管理対象となっていた財産の行く末を指定できるのです。これは凄い効果です。
遺言と比較してみましょう。遺言も亡くなった後の財産を誰に相続させるのかは指定できます。しかし、その財産をどう使うのか、受け取った人が亡くなった後どうするのかは指定できません。民事信託はこれができるのが特徴です。具体例を挙げてみましょう。
あなたが投資アパートを持っていたとします。そして子どもがいない。このままだと、妻がアパートを相続した後、妻の兄弟がアパートを相続することになります。しかし、妻の兄弟とはあまり付き合いもないので、どうせなら自分の妹家族に渡したいと思っています。
例えば妹の子(甥)に財産の管理・運営を任せる信託を設計し、そして信託が終了した後の権利帰属先も甥にしておけばあなたの願いは実現できます。この甥が財産を引き継ぐときは、年齢からしてもうあなたは亡くなっているとしても、民事信託により財産の行き先を指定できるのです。